特殊な設定のヴァンパイアストーリー。身のうちに使役する虫を用い栄養を得、蜂や蟻のような形態の繁殖方法で種を存続させる「吸血樹」の男性たちと花嫁として迎えられた「アリス」の物語。
物語は1908年のウィーンから開始。貴族をパトロンに持つロマ出身の天才テノール歌手の青年ディミトリ。彼はある日馬車に轢かれるがも奇跡的に回復する。しかしその直後から彼の周囲には奇妙な死が続く。ディミトリが人間以外の存在になった経緯から、物語の主軸たる「吸血樹」の生態設定の説明と、次の話に続くディミトリ自身の愛憎のドラマが綴られます。
そして舞台は現代の日本に移り、とある女性教諭と男子生徒の恋愛の話になります。事故で2人は瀕死の状態になり、女性側にディミトリがある契約を持ちかけます。瀕死状態の少年を救う代わりに、女性の命をもらいうけ自分たちの種族の繁殖に協力してもらうという契約。一も二もなく女性は承諾し、ディミトリのかつての想い人の少女の身体に魂を入れられ復活する。そして女性は、5人の「吸血樹」の男性から繁殖相手を選び子孫を残すため彼らと同居することになる。
かなり特殊な設定のヴァンパイアロマンス。人の血を栄養とするというのは吸血鬼と同じですが、複数のオスからメスが繁殖相手を選ぶとか使役する虫に栄養を運ばせるとか繁殖が終われば双方死に至るという自然界の生物に似た生態の設定が実に興味深かったです。
奇抜な設定ですが違和感は少なく、主題となる恋愛と人間ドラマも練られていて惹きこまれます。繁殖という名のまさに命を賭けた恋愛の姿がドラマチックであり、意志を持つ種ゆえの葛藤と心情描写が心をうちます。
このタイトルには、他の少女漫画ではあまり見かけないところがありそれゆえに印象に残り秀逸だなと思うことが2つありました。
1つは、最初にディミトリの過去を回想ではない形で展開したこと。この作品で言うと日本編がある程度進んだところでウィーン編を持ってくるパターンをよく見かけるので目新しかったです。ウィーン編からはじまるゆえに日本編の展開にさほど混乱なく読み進めることができました。尤もウィーン編と日本編の間は詳しく書かれていないので後々回想で出てくるかもしれませんが。
もう1つは、ヒロインであるアリスが聡明なキャラというところかな。男性陣も突っ込んでいましたが、とにかく状況判断がすばやく、話が早いというか無駄が少ないというか。漫画によく見られる感情的な憔悴がほとんど見られないのが個人的に好印象でした。もちろん悩みや戸惑いが全くないわけではなく、物語の主題にからむ迷いや思考はしっかり描かれています。
秋田書店から発売後、新装版として小学館から再発売。
水城せとな
新装版フラワーコミックスα6巻 / 小学館
ジャンル:少女・恋愛ドラマ・ファンタジー / 好み度:★★★★★おすすめ